10.15 晴れ 老夫婦の喧嘩 (1夜)

昨夜遅くに母から電話があった。

24時間365日バイブモードになっている。
ブーンブーン、という長い振動音は珍しい。
ブーンブーンというスマホの振動音を聞き、こんな時間に電話が掛かってきていることを不審に思う。

22時以降に鳴る電話は心をざわつかせる、ましてや年老いた母からとなれば、こちらもそれ相応の覚悟がいる。
病気か倒れたか、死んだか。

まず頭をよぎったのは、「父が倒れて救急車で運ばれたからすぐに来てくれ」
この場合これから車を運転することを考える。
酒は飲んでないから大丈夫。風呂もまだ入ってないからすぐに出られる。留守は子供たちに任せられる。
次に考えたのが、「祖母が死んだ」
施設に入っている90を超えた祖母がいるので、いつ何時なにがあってもおかしくはない。
この場合、明日がお通夜になるから仕事の休みの手配がいる。

長い振動音に気づき、スマホの画面に表示された母の名前を見てから電話を取るまでの一瞬でこんなことを考えた。
恐る恐るかつ迅速に電話に出ると、母の声のトーンは低く、夜分の電話を申し訳なさそうに詫び、今時間があるか聞いてくる。
背後の雑音に病院の感じはない、自宅か。
病気、倒れた、死んだ以外でなければ何事か、ますます、想像を膨らます。
膨らまさずとも数秒後には用件を聞くことができるだろうに、ある程度想像しダメージを和らげたいという心理が働くのかも知れない。

予想に反し用件は、「父が急に東京に行くといい出した。新幹線やら宿の手配ができるか」というものだった。
この時間にわざわざかけてくるくらいだ、ただの旅行の相談ではないことはわかる。

話を聞けば、父が、東京に住む自身の姉に今週末会いに行くと、急に言いだしたとのこと。
それだけのことかと思うかも知れないが、問題は山積みである。
76歳。関西在住。遠出は久しぶり。話せない。
もう少し詳しく話すと、父は数年前に病気で声を失い、話すことができない。
体力も落ち、もう随分遠出はしていない。
旅行どころか、新幹線や電車にすら長らく乗っていない。
自転車にも乗るし、毎日散歩にも釣りにも行くが、遠く&長時間というのが久しぶりだ。
すっかり時代も変わり、新幹線や飛行機、宿の手配は自宅でポチッと完結するようになりとても便利だが、年寄には〇〇をダウンロードだとか、オンライン〇〇だとかチケットレスが難しかったりする。
昔のように旅行代理店で諸々手配してもらい、紙のチケットを手渡してもらうほうが簡単で安心な場合もあるのだ。
しかし、会話ができない父がJTBのカウンターでそれらのやり取りを筆談で上手くできるとも思えない。
母が一緒に行けばよいのだが、母は母で耳が遠い。
この二人を相手にする代理店のスタッフさんの苦労が思いやられる。
そんなことで、父と母が東京に行くというのは、準備から帰宅まで簡単なことではないのである。

それにしたって、なんでわざわざ夜分に電話をかけてきたのか、明日でも良かったのではないか・・・。
そこには母の不満が含まれているのだ。
父がそんな難題を無計画に急に言いだしたことへの不満。
母は困ってるのではなく、怒ってるのだ。
「お父さんがまたそんなこと急に言いだした」と。
こんな時間に娘に電話するほど困ってると父にわからせ、そりゃ無理難題だと共感してほしかったのだ。
知らんけど。

しかし、相談相手が悪かった。
私は旅慣れていない。
特に公共交通機関を使った外出に慣れていない。
子供を産んで10年以上電車に乗っておらず、最近またちょっと乗るようになったけど、乗り換えや時刻表がわからず高校生の長男に頼っている。
田舎の電車は都会と違い、次から次へと電車が来るわけではないので乗り換えの段取りは大事だ。
しかし、調べたつもりが実際にはその電車が来なかったりすることが多々ある。
更に私は地図が読めない。方向音痴で地名も覚えづらい。
東京にも疎く、東京23区がどこにあるのか、新宿がどこにあるのか、東京駅がどこにあるのか、品川と池袋が近いのか遠いのか、スカイツリーはどこにあるのか、空港は?フジテレビは?ディズニーランドは?
地図帳を開かないと全くわからないのだ。
そこで、旅慣れていて、東京に住んでいたこともある姉に相談した。
はじめからそちらに相談するべきところだ。
なぜ、私に連絡してきたかと推察するに、先日うちの高2の長男がスマホ1つで1人でサクッと東京に行ってきたからだろう。
その話をした時、予約もスマホ1つ、チケットもなし、何もかもスマホ1つで1人で行ったこと。
向こうでの移動もスマホ(ICOCA)、スマホで観光地の予約もして、ちゃっかりスマホで調べた寿司屋やラーメン屋に行ってきたことを話したのだ。
高校生でも簡単に行けたことを話したので、私なら簡単に行く方法を知っていると思ったのかも知れないが、実際私は楽天トラベルで飛行機と宿のセットの予約をしただけで、その後のことは全て息子がやったので、実際どうやって飛行機に乗ったのかも知らないのである。
なんなら空港までどうやっていたのかすらよく知らない。
そして、そう言えばその話をした後、父が「じーちゃんでも1人でスマホで東京いけるか?」と、息子に筆談で聞いていたのだった。

そういうことだ。
父は、孫がスマホ1つで1人東京に行ったことに触発されたのだ。

はじめは、また面倒なことを言い出したな。
と思ったけれど、無理だよ、大変だよ。と私が言ってしまったら、父の余生はつまらんと思い、この際盛大に送り出そうと、全力でサポートしようと思った。
早速翌日、仕事終わりに姉と実家に行き、予約を取ろうと言うことになった。
姉は早速、地元の駅から目的地までの電車の時間を調べてくれた。さすが。
私は、楽天トラベルでは交通機関の障害者割引が適用されないことを調べた。

2夜へつづく・・・

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