8.3 国民的〇〇 〜さくらももこさん〜

積読がたまり過ぎて辛い。

読みたい本は次から次へと増えていくが、とにかく読むペースが遅い。
たとえ休日であっても、1日で1冊読むのは私には難しい。


今日は、【さくらえび】を読み終えた。
さくらももこさんのエッセイだ。
数週間前から読み始め、間に1冊別の本を読み終え、今日、ようやく読み終えた。
エッセイなので、途中で別の本を挟んでも特に問題ない。
寝る前や、待ち時間にサクッと1話読めて、面白くてとても良い。
さくらももこさんのエッセイはたくさんあるので、他のも順に読んでいこうと思っているので、それはそれでまた積読が増えそうで困っている。

実は、さくらももこさんのエッセイを読み始めたのは、さくらさんが亡くなった後だった。
我ながらとても残念だ。
朝井リョウさんのエッセイの中でさくらさんのエッセイの話があって、それで興味をもって読み始めたのだ。

さくらさんが亡くなったとニュースで知ったときも『まるちゃんの人か』と思った程度だった。
なんならTARAKOさんが亡くなった時も『まるちゃんの人か』と思ったのだった。
私の中で、さくらももこさんとまるちゃんとTARAKOさんがごっちゃになっている。
ごっちゃにというか、全員同一人物になっているような感覚だ。いやまぁ、2人は同一人物なのだが。
だから、不謹慎かもしれないが、TARAKOさんが亡くなったと聞いた時は、あれ?前に亡くならんかったっけ??と思ったのだ。

まるちゃんは私も大好きで、大好きと言ってもテレビでやってたらついつい見てしまう、という程度だが、それでもやっぱり好きか嫌いか聞かれれば『大好き』と答えるのだ。
これはサザエさんでも同じで、必死で毎週欠かさず見ているわけではないけれど、やってたらついつい見てしまい、好きか嫌いか問われれば答えは『大好き』なのだ。
何の害もない。不快がまったくない。
国民的〇〇というのはこういうことなのかな。
国民みんなが平均的に70%好き。という感じ。
100%の人がめちゃめちゃいて、20%の人がめちゃめちゃいるのではなく、日本中のみんなが70%好き。という感じ。
しらんけど。
しらんけど、そんな気がする。

おもしろいな〜、さくらさんのエッセイ。
ヒロシってほんとにあんな感じで実在してたんや〜(笑)。

さくらさんが亡くなったと知ったとき、さくらももこさんという個人に関心がなかったことは致し方ないとして、それでも国民的まるちゃんの作者が亡くなったことに、どうして私はもう少し思いを馳せなかったのだろう。
そりゃ、毎度毎度誰かが亡くなるたびに落ち込んでたらやってられないけれど、子遠の頃からずっと見ていたまるちゃんの作者が、若くして亡くなられたことに、どうして私はもう少し思いを寄せられなかったのか。
私というのはそういう希薄なところがある。
そういうことを、今改めて反省するのだった。

最近反省多いなぁ。


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